マルクス・エンゲルス 『共産党宣言 』(岩波文庫)を、その後のソビエト連邦建国を考慮に入れず、真面目に読んで生真面目に考察してみる。

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この本は、マルクス、エンゲルスが加入した『共産主義者同盟』のために書かれた党の綱領である。
そのドイツ語の序文には、”理論的で実践的な”とある。
この本を共産党というイデオロギーに距離を置いて、読み、その後にできたソ連という存在の影響を抜きにして、生真面目に本の内容を考察してみたい。

マルクス・エンゲルス 共産党宣言 (岩波文庫)

概要

「今日までのあらゆる社会の歴史は階級闘争の歴史である」という有名な句に始まるこの宣言は、階級闘争におけるプロレタリアートの役割を明らかにしたマルクス主義の基本文献。
マルクス(1818‐83)とエンゲルス(1820‐95)が1847年に起草、翌年の二月革命直前に発表以来、あらゆるプロレタリア運動の指針となった歴史的文書である。

その考察

この本で”ヨーロッパに幽霊が出るー共産主義という幽霊である。”で始まる文学的な冒頭は、門外漢である僕でも以前から知っていた、共産主義の是非はともかく、歴史的名著である。

「資本は、個人的なものでなく、社会的なものである。」

僕は、これを資本は、100%、社会のものであるとは思わないが、肯定する。

やはり、企業活動とは社会的なものであるはずだし、社会の中で、社会大衆に対してモノを売り、対価を得ているはずなので、幾ばくかは株主のものであり、幾ばくかは、その企業で働く社員のモノであり、そして、社会のものであると考える。
資本の活動の幾ばくかを社会のものであると考えた場合、果たしてどうやって、社会に還元して貰うかだ。
マルクスの回答は、国有化である。

社会主義がオルタナティブ(代わる別の存在)である時代ならまだしも、資本主義社会で常識的に考えれば、企業独自による社会的還元という手もあろうが、やはり、税金という形で受け取り、使い道は民主政府に委ねるという形が妥当であろう。
グローバル社会ではあるが、社会の成員が企業の社員の外側の担い手でもあるという視点を入れ、法人税をもっと論議していいはずである。

また、何世紀か遡ると、高齢者を国家が財政から負担し、援助するという現在の福祉国家の思想は無かった。
福祉国家の理念や根拠は、思ったほど、強固ではない。
にもかかわらず、我々は、政府が老後の面倒をみてくれることを当たり前と考えている。
財政を逼迫させるような福祉国家という理念が作られたのは、それほど前ではない。
資本、企業は、社会のものでもあるという思想が広まれば、何かが変わるはずである。

人類の歴史は、階級対立である。

マルクスは、図書館で熱心に文献に読みふけっていたらしいが、人類の歴史が階級対立であったというのは、どうであろう?

歴史上、階級対立が先鋭化し、明確に見られたのは、フランス革命前後など一場面に過ぎないのではないか?
勿論、身分制などはあるが、普段の生活では、今西錦司のいう棲み分け理論などのように、「あなた方はあなた方。私達は私達。」というように暮らしていたのではなかろうか?

そもそも、キリストなどの存在はあるが、「人間が平等。」という思想が広まったのは、17世紀後半の啓蒙思想によってだし。
そもそも、身分が違う存在が、果たして、近隣に住んでいたとしても、同じ世界を共有していたという発想があったであろうか。
国民国家の形成も17世紀を待たねばならない。
違う世界間の対立というものもあるであろうが、それは階級対立とは異なるように思う。





驚くなかれ、この本には、「家族の廃止」も謳われている。

労働者は祖国を持たず、世界で団結する。

そして、労働者は祖国を持たず、世界間で一気に団結するそうである。

素人はだしながら、『資本論』を僕は読んでいるのだが、そこでは、精緻に、商品が貨幣へ、そして、貨幣から商品に転換する様子をマルクスは分析してみせるのだが、そこには理系的、物理学的なセンスを感じざろう得ない。
また、共産主義者や社会主義者、左翼と呼ばれていた人達には、現実的生活者という視点の欠落が、まま見られる。
同じ境遇で同じ目的を持った労働者らは世界的に団結するはずだという直結的で論理的な結論には、マルクスの理系的才能や、諸々の諸事情の中で生きているという生活者という視点の欠落を感じる。

マルクスが考える10の社会主義国家への方策

第2章「プロレタリアと共産主義者」の最後に、マルクスが考える10の社会主義国家への方策が掲げられている。

アバウトにマルクスの著作の概要を知ってはいるが、高校時代、日本史を専攻し、世界史については社会人になってから勉強したので、世界史について詳しくないのだが、なので、どのような変遷を経てソ連の建国になったのか知らないのだが、おおざっぱに見れば、建国されたソビエト連邦は、このマルクスが書いた方策の通りになっているのではなかろうか。

一国に革命を起こし、全く違った国家を樹立させるためには、もっと重厚な社会主義国家建設のための重厚な理論書があったに違いなかろうが、それに比べれば、マルクスが遺した、この10の方策は、ラフスケッチのようなものだ。

しかし、僕が観る限りにおいて、ソビエト連邦は、このマルクスが遺した10の方策の通りになっている。

また、その手順において、マルクスは、プロレタリア階級が政治的支配を獲得し、それが、やがて国民的階級になるとしている。

何が言いたいかと言えば、ソ連が失敗したのは、実行段階において失敗したのではなく、そもそも、設計図の段階でおかしかったのである。
他の国家において、指導部がソ連のようになるかどうかは、未知であるとしても、設計図がおかしいので、よその国も、中国のように、資本主義を取り入れない限り、失敗していたであろう。

また、どのような形であれ、ある集団が政策を遂行せねばならず、支配ー被支配の関係は解消されるわけでは無い。

<コモン>という概念、そして、公共運営。

ここで、最近、読んだ『資本主義の終わりか、人間の終焉か? 未来への大分岐 (集英社新書)』で知った<コモン>という概念を含めて考えて行きたい。

水やエネルギーなど、その性質上、私企業に任すのではなく、何らかの公共機関に任せざろう得ない分野がある。
『資本主義の終わりか、人間の終焉か? 未来への大分岐 (集英社新書)』では、市民の力を借りるというような話であったが、詳細には述べられていなかった。

何でも民間でという新自由主義が席巻している時代ではあるが、警察権力など公的機関に任さざろう得ないものや性質上、パブリックの力で運営する方が良い分野もあるであろう。
地球温暖化などグローバルな力を結集せねばならない時代である。

何故、国営や公的機関では非効率で、倒産という形もあるが何故、民間では上手く行くのか、公的機関でも上手に運営する手法、方法などが研究されてよいはずだと思った。

最後に。

この『共産党宣言』は、最後に、「万国のプロレタリア団結せよ!」と高らかに謳い上げて終わる。
今の時代に、マルクスが生きていたとするならば、彼は何を思い、どんな書物を残してくれたであろうか?






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