被災者の方々へ もう一度、あなた方の声を届けてください


被災地岩手から「お花見」のお願い

これは、震災直後、話題になった岩手県の酒蔵の蔵元さんからの声である。
全国が自粛モードなった当時、この呼び掛けは、大いに波紋を呼び、 我が同じく被災県の地元新聞・神戸新聞の読者投稿欄でも、大いに波紋を呼び、様々な意見が交わされた。
「そうだ。我々は、東北を助けるために、大いに花見をしよう!!」
「日本人は、昔から喪に服するという習慣がある。隣人が大変な時に、我々だけが、楽しむというのはできない。」
答えは、それぞれの胸にあり、安易な正答などないであろう。







ここで、少し難しい話を。
現代思想家で、フランクフルト学派の一人、ハーバマスは、熟議討議を通して、新しい公共性を夢見た。
彼の主張する熟議討議とは、カフェでの政治談議から、世論を形成していくというものだった。
フランスでは、カフェテリアで政治について、議論する機会は少なくないと聞く。
しかし、我が日本では、イデオロギーの時代、政治に関する議論は、タブーであり、今現在、同じくカフェで、政治のみならず、自然科学についても議論しようという動きが、こちら神戸では実際にある。
しかし、フランスでもようだが、このハーバマスの『公共性の構造転換』は、一部で重要視されているが、大きなうねりとはならずに終わっている。

しかし、今、我々は、個人が簡単に情報発信できるツールを沢山、手にしている。
一体、全体、福島で何が起きているのか?
サラリマン化し、臆病な大手ジャなーリスト共が、福島に入らない状況下、南相馬市の市長であったと思うが(間違いなら、後ほど訂正します。)、現場からの貴重な声を、ネット上にアップしていた。

上記、新聞でのやり取りの中で、いわば「上からの」ではなく、「民衆から」いわば「下からの」新しい公共性・世論形成の萌芽を読み取れないだろうか?

日本で嘱望されていた”気鋭の現代思想家”東浩紀 +Hiroki Azuma は、多くの学者らが敬遠する中、こういうソーシャルで、何かやっているようだ。
しかし、彼ら、ツイッター等でも、展開している中堅・もしくは若手の学者に共通して言えることだが、彼らは、 あまりにもネットに対しての感性が、ナイーヴ過ぎる。
あんなにも、Twitterを褒めたたいてた東も、やがて、公開設定を「非公開」にし、仲間内で何かやっているようだ。





橋下徹のブログもそうだが、 こういうソーシャル・メディアの新しさと命は、双方向性にあるというのに、全く、それを理解していない!!

まぁ、東が非公開にした理由もこの辺にあるのだろうが、その後、僕らのもとに、被災者の声が届かなくなってしまった。
それは、ネット上で交わされる目を覆いたくなるひどい意見と勘違いしている人達からの中傷の影響であろう。
このことを、ソーシャル・メディア関係者(僕の目には、日本在住でまともな人はいないように思うが)は、重く受け止めるべきであろう。
どれだけ、ツールが発展しようとも、それを利用する人達が、何も解っていなければ、なんんの発展もない。
せいぜい、お喋りか、「有名人が、ココにいるよ!」とつぶやく暇人と、それを烈火の如く叩くアホでくだらない死に体のメディア。

僕は言いたい。
被災者の方々へ。
バカな輩が跋扈する時代・メディアだが、 それでもあなたがたの声を届けて欲しい。
mixiで、その後超超巨大コミニティとなった阪神大震災を子供の頃、経験した人が立てた緊急掲示板。
そこには、女性のレイプに合わないための対応なども書かれていた詳細で貴重な「緊急時の対応」の前に、こう書かれていた。
「あの頃、僕らが欲しくてなかったメディア、ソーシャル・メディアというメディアが、今、私たちは手にしている。」





その後、この掲示板がどうなったか、皆さんのご想像にお任せします。

Kazuo Ito – Google – これは、震災直後、話題になった岩手県の酒蔵の蔵元さんからの声である。全国が自粛モード…より。

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