[ 読書レビュー ] 『資本主義の終焉と歴史の危機』〜僕の新たな読書体験の突き進む道標となるような本である。

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80年代、僕が大学生の頃、浅田彰の「構造と力」という現代思想の内容を紹介する、高度に洗練された本がベストセラーとなっており、僕は、その本を手にしました。

ある本で、この本の事を、そう紹介されていたのだが、当時あった、大学受験の参考書のチャート式のように、システマティックに数学的センスを感じさせる書であった。

余談だが、浅田彰の恩師というか、良き理解者に、森毅という先生は、数学者であった。
恐らく、森毅先生のご著書であろう、幾つかの数学に関する文庫本は、とてもクールで冴えていた。
残念ながら、本の名前を忘れてしまった。
今、保守派で鳴らしている藤原○○なんていう、国家に対して、人を連想させてしまう品格などという言葉を使う、ベタベタなオヤジと大違いだ。
親戚だからと言って、新田次郎なんかの名前を勝手に出すなよな!
まぁ、板東なんとかいう女性学者が、二匹目のなんとかというのを、幾つも出版しているのは、ご愛嬌としよう。

余談ついでに、僕が、5歳くらいか、泣きながらやらされたのは、「さんすうだいすき」とかに似た、非常に考えないと答えが出ない、数学の本だった。
その本の形、大体の中味を薄らと覚えているのであるが、Amazonで検索しても、「○○だいすき」が出て来ても、肝心のその本は、未だにわかりません。
モノを考えるという癖を付け、オリジナルに答えを出すということを、それを原体験と持つのは、今でも、親に感謝している。

数学というのは、洗練された形で、モノを考える、自然科学における哲学のようだ。

本題、本題(^_^;

資本主義の終焉と歴史の危機 (集英社新書)

その「構造と力」によって、現代思想の面白さを知り、僕は、現代思想の大海へ飛び込んだ。
最初は、講談社の「現代思想の冒険」シリーズなどを集めた。
竹田青嗣なんかが、僕にとって、良き現代思想の紹介者だった。
同じ時代に、小阪修平という現代思想の案内人がいるが、こちらは、オススメしない。

こういうご時勢だから、敢えて言うが、若き現代思想に興味を持つ者にとって、良き導き手であった竹田青嗣は、在日である。
調べてみると、それほど深くはないが、日本の芸術には、”在日”という文化が存在する。
少なくとも、日本映画には、在日は、そこかしこで、影を現している。

今のように、映画監督とは、スターダムではなく、どこか日陰者のようなマイノリティーな存在であり、そういう社会のマイノリティーである映画監督が、マイノリティーである存在の在日を描いていたのである。
今、パッと浮かぶのは、窪塚洋介主演の『GO』である。

在日だからといって、出て行けとかいう人達は、まるで赤ちゃんのようだ。
残念ながら、僕には、赤ちゃんのような存在に掛ける言葉はない。

本題、本題(^_^;

一時、休止期間はあったが、今でも持続する現代思想への興味を引き起こしてくれたのが、浅田彰氏の「構造と力―記号論を超えて」である。
残念ながら、この本で大きく取り上げられているクリステヴァに関しては、非常に興味があるのですが、未だに、どの本を読んだらいいのか、どの書で、浅田彰氏がインスパイアされたのかも不明ですが。
もしかして、論文かも知れません。

この水野和夫氏の「資本主義の終焉と歴史の危機」は、現代思想の道標となった浅田彰氏の「構造と力」と同じように、”いっちょ、今の時代に起こっていることを、真剣に追ってみよう。”、そういう気持ちを抱かせる書であり、そういう気持ちにさせる本である。
何かとてつもない事が起きている。
そんな。

人は、”新書”にどのようなモノを期待するであろう?
恐らく、なにがしかの、ある特定の分野のある程度の知識ではなかろうか。
また、期待に対して、読後も、そういう期待値から、「所詮、新書。」という風に見ないだろうか?
水野和夫という人は、非常に頭のいい人で、非常にわかりやすい文章を書かれている。
その事で、逆に、この本を軽く見ないであろうか?
そんな気がする。





水野和夫氏の本で、既に、「人々はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか (日経ビジネス人文庫)」という書を読んでいる。
こちらの本はデータ中心で、何故、そう結論付けられるのか、わからない部分も少なくなかったが、この『資本主義の終焉と歴史の危機』は、文章主体で、論理的で解りやすい。

前述の「構造と力」にも出ているが、資本主義の特徴は、膨張にある。
また、フラットではなく、高低差が肝である。

90年代から起こっていることを端的に現すと、物が飽和し切ってしまったのである。
消費爛熟の時代が過ぎ、イノベーションでしか、消費を喚起できないのだ。
尚かつ、実体経済よりも、投資などの金融経済の方が大きいのだ。

アフリカというフロンティアを別にすると、空間的に、資本主義が膨張する空間が存在しなくなった。
ローマ帝国では、消費爛熟を時代を過ぎ、食べた物を吐いて、また食べるということをしていたが、内需を喚起するにも限度がある。

バブルが崩壊する度に、普通に仕事をこなす中間層が、リストラされる。
また、新興国の低賃金で働く労働者の存在が、日本、アメリカの労働者の仕事を奪う。

水野氏によれば、中間層の崩壊が、民主主義の崩壊にも繋がるらしいが、そこには、僕は、まだ疑問符である。

現在、労働を取り巻く環境が悪化し、ブラック企業のような企業も少なくなく、というか、会社員なら当然すべき事をしない、出来ないサラリーマンも多い。
いわば、生きづらい世の中である。

この本から学んだことは、それは、”労働者の黄金時代”が過ぎ、労働者の不遇の時代だからとも言えるし、昔なら、業界を正すトップ企業が存在したが、今や、浜矩子の言葉を借りれば、皆、”我が社だけが良ければ、それでいい”企業ばかりになったからとも言える。

つまり、それは、舵取りは間違っているが、別に安倍政権のせいでも、一部大企業のせいでもないのである。
何故に、法人税減税を続ける政権が、国民の支持を失わないのか、僕には不思議だが。

僕は、時代のせいなら、我慢しようと思う。
そして、僕の生活周りも大変だが、ドラッカーが自身を社会生態ウォッチャーと定義したように、「一つ、この社会がどうなるであろうかを見てやろう。」とも思った。

動乱の歴史は、後の時代に読む分には面白いのだが、その歴史の渦に揉まれているというのは結構大変なのだが。
乱世に生きたいという人は、少なくないが、そういう人達が想定しているのは、どうも勝ち組、支配者層のようである。

水野氏によれば、アメリカが地盤沈下し、ヨーロッパも危機があり、チャンスは、いち早くバブルを経験し、ゼロ金利が続く日本にあるようだが。
資本主義が終焉し、新たなシステムの構築には、定常社会にあるようだ。

人類の歴史には、急成長時代と定常状態の時代が存在する。
今後の定常社会をイメージするために、水野氏に、定常状態の時代の社会を紹介して欲しかったが、残念ながら、それはない。

進行形で時代をウォッチし、どういうパラダイムが転回するか、それを見てやろう。
そのような大層な気持ちを起こさせた本であった。

内容紹介

金利ゼロ=利潤率ゼロ=資本主義の死。
それでも成長を追い求めれば、多大な損害が生じるだけ!
資本主義の最終局面にいち早く立つ日本。世界史上、極めて稀な長期にわたるゼロ金利が示すものは、資本を投資しても利潤の出ない資本主義の「死」だ。他の先進国でも日本化は進み、近代を支えてきた資本主義というシステムが音を立てて崩れようとしている。
一六世紀以来、世界を規定してきた資本主義というシステムがついに終焉に向かい、混沌をきわめていく「歴史の危機」。世界経済だけでなく、国民国家をも解体させる大転換期に我々は立っている。五〇〇年ぶりのこの大転換期に日本がなすべきことは? 異常な利子率の低下という「負の条件」をプラスに転換し、新たなシステムを構築するための画期的な書!
[対談・立ち読み]水野和夫(エコノミスト)×白井聡(政治学者)
「資本主義の死の時代を生き抜く」(「kotoba」2014年春号より)

[著者情報]

水野和夫(みずの かずお)
一九五三年、愛知県生まれ。日本大学国際関係学部教授。早稲田大学大学院経済学研究科修士課程修了。三菱UFJモルガン・スタンレー証券チーフエコノミストを経て、内閣府大臣官房審議官(経済財政分析担当)、内閣官房内閣審議官(国家戦略室)を歴任。主な著作に『人々はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか』(日本経済新聞出版社)、共著に『超マクロ展望 世界経済の真実』(萱野稔人氏との共著・集英社新書)など。






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